メチレーションというのは、「メチル基(CH3)がある物質から別の物質へ移る生化学的反応」のことで、ここ数年で一気にメジャーな言葉になりました。
なぜなら、ここ数年で自閉症の発症率が異常に伸びているからです。
2015年、アメリカ疾病予防管理センターが発表した米国における自閉症の発症率は、「68人に1人」で、これは、2000年の調査における150人に1人と比べて、2倍以上の数字です。
あるデータによると、一般的にはメチレーション回路が回っていない人は全体の22%ですが、自閉症児ではそれが98%にもなります。この回路をいかに回してあげるかが、自閉症改善の大きなカギであることは間違いありません。
メチレーションにかかわる遺伝子の中でも日本人に最も多い遺伝子変異が MTHFR遺伝子です。特にC677Tの変異は日本人の45%に見られ、これがあると葉酸の働きが悪くなります。
そのような理由で、自閉症のお子さんを持っている親御様の多くが葉酸やそれを補助するビタミンB12のサプリメントを使っています。
問題は、そのサプリを使うと具合が悪くなる人が結構な確率でいることです。
メチレーションと葉酸のジレンマ
私も以前、そのことで相当悩みました。
自閉症に限りません。動脈硬化にも、ホルモン代謝異常にも、デトックス治療にも、メチレーション回路を回すことは非常に大切なのです。だから、メチレーション回路が回っていないことを確かめて、葉酸を投与します。すると、イライラが止まらなかったり、立てなくなってしまったり、具合が悪くなる人が結構な確率でいるのです
「なぜ、低メチレーション状態の人に、葉酸を投与すると悪化することがあるのか?」
前置きが長くなりましたが、これが今日の話題です。
3人の分子栄養学医とメチレーションの関係
このメチレーションってちょっと勉強し始めると、頭が痛くなります。中にはあの複雑な代謝経路図が頭に浮かび、めまいがしてくる人もいるかもしれません。
しかし、メチレーションは、特に精神疾患の栄養療法を行う上で、基本中の基本になるところですし、栄養療法の歴史は、メチレーションの歴史といっても過言ではありません。
そこで、3人の分子栄養学者とメチレーションの深い関係について紹介します。
精神医学にメチレーションの考えを取り入れたAホッファー
最初は、分子栄養学の創始者でもある精神科医エイブラハム・ホッファー先生です。
彼は、統合失調症の幻覚症状の原因はアドレノクロムだと考えていました。
体内でアドレナリンが変化したアドレノクロムが覚せい剤の様な幻覚を起こすというのです。
彼がそれに気がついたのは変色した喘息の薬(アドレナリンのような物質)が、同様の心理的経験を起こしたという報告からです。
1954年、彼はこの考えを元に「アドレノクロム仮説」を発表しました。メチル基がノルアドレナリンをアドレナリンに変え、それがアドレノクロムに変化します。
ノルアドレナリン + メチル基 → アドレナリン
アドレナリン + 酸素 → アドレノクロム
彼は、ノルアドレナリンからアドレノクロムヘの変換過程を遅くすることで、統合失調症を治療できると考えました。つまり、メチル基受容体であるナイアシンを大量に用いることで、ノルアドレナリンからアドレナリンヘの変換を抑制するのです。
アドレナリンの量を減らすことは、アドレノクロムの量を減らすことになります。これは精神医学で初めてのメチレーション仮説でした。
彼は高用量のナイアシンを用いて治験を行い、画期的な成績を残しました。さらにほかの栄養素を加えて改良を重ね、生涯で6000人もの統合失調症患者を社会復帰させました。
この方法は一般医療界には未だに受け入れられていませんが、世界中の栄養療法のドクターが彼のプロトコールを使い続けています。
メチル化の状態によって治療を変えたカール・ファイファー
ホッファーの研究は、多くの栄養療法医の研究心に火をつけました。カールファイファー博士もそのひとりです。
彼は研究病院勤務時に、重症のカタトニア(緊張病)患者に栄養素のカクテル点滴療法を行い、ほぼ完治させました。しかし病院は、改善に関して栄養療法が及ぼした影響を認めませんでした。それがきっかけで、彼は独立して栄養療法センターをニュージャージに開設しました。
ファイファー博士は2万人以上の統合失調症患者を評価し世界最大のデータベースを構築し、統合失調症患者の生化学タイプ、特徴的な症状と血液や尿のデータのかかわりについて多大な貢献をしました。
彼は、「ナイアシンは確かにヒスタミンレベルの低い統合失調患者には効くが、そうでない人には効果が乏しい」事を発見しました。そして、統合失調症患者を「ヒスタペニア(ヒスタミンの低下)」、「ヒスタデリア(ヒスタミンの増加)」というタイプに分けました。
ヒスタペニアが、幻覚を伴う妄想型統合失調の原因と考え、この状態を葉酸、ビタミンB12,ナイアシン、亜鉛などの栄養素を用いて治療しました。対照的にヒスタデリアは被害妄想と緊張症を伴う事が多いとし、メチオニン、カルシウム、時に抗ヒスタミン薬で治療しました。
この「ヒスタデリア」「ヒスタペニア」という言葉はセロトニン、ドーパミン、ノルエピネフリンの活動性がメチルの状態に大きく影響を受けることが理解されるにつれて「アンダーメチレーション」、「オーバーメチレーション」という言葉にとって代わられました。
つまり、ファイファーはメチレーション過剰と低下で、栄養素を使い分けることでより高い治療効果を得ていたのです。
メチレーションにエピジェネティックを取り入れたウイリアム・ウォルシュ
カール・ファイファーの統合失調症の分類の成功に触発されたのが、ウイリアム・ウオルシュ博士です。
正確なメチレーション状態が効果的な治療のために不可欠なことを知っていた博士は、20年にわたり検査を行い、2800人のうつ病患者の血液、尿分析から、うつ病患者の生化学特徴を明らかにしました。
その分析から彼は最終的に、うつ病を5つの生化学タイプに分けました。
うつ病の生化学タイプ分類5タイプのそれぞれは、非常に際立った特徴を持っていました。
例えば、
・低メチレーションタイプの場合、典型的な低セロトニン症状を呈しSSRIによく反応する。
・葉酸欠乏タイプでは、セロトニン・ドーパミンレベルは上昇しSSRIに治療抵抗性がある。
・銅過剰タイプでは、ドーパミンが低下しノルエピネフリンの活動性が高い。
・ピロール異常タイプでは、高度にセロトニンとFABAが低下している
ウォルシュ博士は、5つの生化学タイプによって栄養療法のプロトコールを使い分けることで、神経伝達物質の合成やシナプスの活動性に影響する化学反応を正常化する事に成功しました。
彼はうつ病だけでなく、統合失調症、自閉症、ADHDに関しても膨大なデータを集積し、メチレーションを軸にして病型を分類、個別改良プロトコールを確立しました。
葉酸とメチレーションの矛盾
ところで、ウォルシュ博士の分類表の中に、「メチレーション低下」と「葉酸欠乏」という項目が分かれていたのに気付かれた方も多いと思います。
最初に触れたように、葉酸はメチレーションを亢進させる典型的な栄養素です。
「メチレーション低下」と「葉酸欠乏」って同じ事を意味するんじゃないのか?
と思ったあなたは相当鋭いです。
カールファイファーの後をついで、メチレーションの有無で生化学分類をしていたウォルシュ博士は、メチレーションが低下しているうつ病患者に、葉酸を投与すると具合が悪くなる事を見出していました。
「なぜ、メチレーション回路を回すはずの葉酸で、患者が悪化するのか?」
彼は、何年も悩み続け、最終的に1994年、精神疾患においてはメチル化を促進するのはメチオニン、メチル化を抑制するのは葉酸だと結論した論文を発表しました。
この仮説が証明されたのは2009年です。
NIHなど複数の研究機関が、「神経伝達物質のトランスポーターの遺伝子発現において、葉酸はメチレーションを抑制する方向に働く」という事を発表しました。
ウォルシュの仮説はエピジェネティック研究の進歩によって証明されたのです。
メチレーションとエピジェネクスの融合
アドレナリンが統合失調症の原因だとしたエイブラハム・ホファー、ヒスタミン濃度が原因だとしたカール・ファイファー、そしてウイリアム・ウォルシュ。
この3人に共通しているのは、「メチレーション」を治療に用いたことです。
前者二人は共に仮説の検証には失敗しましたが、ウォルシュの代になって、エピジェネティックが二人の正当性を証明しました。
ナイアシンもエピジェネティック的に、メチレーションを抑制することが報告されています。
ウォルシュ博士は、エピジェネティック理論を取り入れる事で、理論的な矛盾をもほぼ改善し、緻密な治療プロトコールを完成させました。
大規模な研究システム、ウォルシュ・リサーチ・インスティテュートを設立し、症例を蓄積し、現在はこの理論を世界中の栄養療法医に教えるプログラムを実施しています。
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