ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動ニューロンが侵される病気で、難病指定疾患(つまり治療法が確立されていない)の一つです。
ALSの原因の一つに、グルタミン酸による過剰興奮に基づく運動ニューロンの変性が考えられています。
グルタミン酸が神経細胞のシナプス間隙に過剰に存在すると、神経細胞が過剰興奮し、最終的に細胞死を引き起こします。
ALSの治療薬である「リルゾール」はグルタミン酸による興奮毒性に対して、神経細胞保護作用をもつことが示唆されています。
しかし、この薬は病気の進行を抑える作用はありますが、症状を改善したり、回復させる効果はありません。
水銀、鉛との関連性
多くの医療テキストにおいて、水銀、鉛中毒がALSと混乱しやすいとの記述が見られます。
「脊髄は水銀の影響を受けやすく、ALSに類似した症状を呈する」
Cesil Textbook of Mediine, 20th edition,1996 P68
「ALSに類似した運動ニューロン疾患が(水銀中毒の)顕著な臨床パターンを呈する」
Textbook of Clinical Neurology, Goetz, second edition, 2003, page851
「水銀中毒では、運動ニュートンに突出して症状が起こるので、ALSと混乱しやすい」
「鉛中毒では、まれに上位および下位運動ニューロン兆候が同時に出てALSを模倣する」
Merritt’s Textbook of Neurology, 9th edition,1995,page668
「まれにALS様の症候群が水銀、もしくは鉛中毒で見られる」
Handbook of Medical Psychiatry, Moore and Jefferson, second edition,2004 page338
水銀、鉛がグルタミン酸神経を侵すメカニズム
神経伝達物質がグルタミン酸である神経を、グルタミン酸神経といいますが、
グルタミン酸が受容体と結合する際に、カルシウムイオンが神経細胞内に流入します。
つまり、神経伝達の最終的なスイッチの役割を果たしているのは、カルシウムです。
このスイッチの精度は、細胞外と細胞内のカルシウムの濃度差(およそ1万対1)によって保たれています。
細胞内に流入したカルシウムはポンプによってすぐさま細胞外にくみ出されなければならないのですが、そのシステムがうまく働かないと、カルシウムは細胞内にたまり続け、スイッチが入りっぱなしの状態になります。
これは細胞疲労を引きおこし、極端な場合細胞死を招きます。
イオン化鉛はイオン化カルシウムと類似するために細胞内へ取り込まれやすい性質があります。
その性質を利用して脳や骨に沈着したり、細胞内カルシウムの排泄を邪魔する可能性があります。
また、水銀が神経シナプスのグルタミン酸濃度を上昇させることもわかっています。
J Neurosci Res. 2005 Feb 15;79(4):545-53.
ALSと診断された方、もしくはALS様の症状を持つ方は、一度重金属のスクリーニング検査を受けるべきと考えられます。
もし、重金属の蓄積が原因であれば、適切な治療により良い結果が期待できます。