ADHD(注意欠陥多動性障害)にはしばしば反抗挑戦性障害、行為障害などの行動障害を伴う事があります。これらの症状が出ている子供は反社会的な行動が目立ち、犯罪に至る場合もあり問題となります。
この両者(ADHDと発達障害に伴う行動障害)には、脳の生化学状態において共通点があり、特に顕著に見られる不均衡は、メチレーション異常+亜鉛不足+銅の過剰+重金属の蓄積です。
脳生化学の権威ウイリアム・ウオルシュ博士は、犯罪者の脳の状態を調べたことがきっかけになり、1万人の行動障害、6,500人のADHDの患者の化学分析を行い、疾患ごとのデータベースを作りました。さらに状態別の栄養サプリメントを用いた治療法も開発しています。ここでは、疾患ごとの脳の生化学状態と栄養的な対処法を紹介します。
犯罪者をつくるのは環境だけではない
1970年代のはじめ、ウオルシュ博士は地元の殺人事件がきっかけで刑務所の受刑者の再犯防止プログラムにボランティアで参加しました。
受刑者が再犯を侵さないためにはどのようにしたらよいかを調査するため、受刑者本人や家族に話を聞いて回ったのです。そのような中で彼が気が付いたことが2つありました。
昔から犯罪は環境で起こるという定説があったのですが、実際に犯罪者の境遇を聞いてみると、確かに両親の離婚や虐待など悪い環境にある場合が多いのですが、例えそんな劣悪な環境下であっても兄弟全員が犯罪者になるわけではないのです。
また、犯罪者になる子供は、他の兄弟と明らかに違い、小さい時から挑戦的な態度で乱暴。という証言が多くの母親から出ました。(しつけができない、4歳で精神カウンセリングを受け6歳で薬を飲み始め12歳で少年刑務所に入ってしまった、など)
化学者だった彼は、これらの話から犯罪は環境だけでなく生まれつきの要因にも関連していると推測し、受刑者の生化学状態を調べるため血液や尿、毛髪のサンプルを集め始めることになりました。
亜鉛と銅と暴力の関係
彼は、暴力的な息子と温厚な息子の両方がいる家庭24組を探し出し、彼らに協力してもらって様々な検査を行いました。
その結果、同じ家庭に育っており食事などの環境は一緒のはずなのにもかかわらず、暴力的な息子は体内の亜鉛と銅のバランスが狂っていることがわかりました。
亜鉛と銅のバランスについて
脳の生化学バランスを知るためには血液や毛髪検査が有効です。通常血中の銅と亜鉛濃度の比率は1:1位です。下の例では銅濃度がやや高めとなっています。
亜鉛に比べて銅が高い子供の場合、普段は温厚なのにひとたび切れると暴力的になり、あとになってしきりに反省するという親の証言が得られました。(この症状は間欠的爆発障害に一致します)
逆に銅に比べて亜鉛が高い子供の場合は、元々攻撃的で残酷です。(この症状は反社会的パーソナル障害に一致します)
博士がさらに、年齢、人種、経済状態を一致させた暴力的な人と温厚な人96名ずつに対して同じ検査を行ったところ、やはり亜鉛と銅と暴力の関係を示す明確なデータが得られたのです。
暴力的なグループでは、96名中亜鉛と銅のバランスが悪い人は92名だったのに対して、温厚なグループでのそれはたった3人でした。以上の事から彼は亜鉛と銅のバランスは暴力行動と関連すると結論しました。
また銅は、ドーパミン、セロトニンの代謝酵素MAOの補酵素でもあり、銅の高値が両者を不活性化する可能性もあります。
ビタミンやアミノ酸にもアンバランスがみられる
特に暴力的傾向が強い「亜鉛>銅」グループを詳しく調べたところ、「血中ヒスタミンの上昇」「尿中ピロールの上昇」「亜鉛レベル低下」「銅レベルやや低下」という状態がみられました。
ヒスタミン上昇は「低メチル化」という状態でよくみられ、これは「メチオニン」というアミノ酸が相対的に不足している状態です。また尿中ピロールの上昇はビタミンB6レベルの低下を意味しています。
重金属の蓄積が見られる場合もある
また、一部の暴力児は鉛と水銀とカドミウムのレベルの高値が認められました。一般的に水銀は大型の魚から、鉛は古い水道管を通した水から入ってくる場合が多いのですが、食事や住む場所など環境が同じ兄弟でも重金属バランスが全く違う場合があります。
これは、暴力児では体内の解毒回路が弱いため、同じ量の金属が入ってきても出すことができないためと考えられます。
彼らは500名以上の行動障害を分析し、個別にビタミン・ミネラル・アミノ酸の補充療法を行いました。その結果、3分の2の子供に暴力の減少が見られました。また、行動障害児の50%にADHDを合併していましたが、多くの子供の学業成績が上がりました。
行動障害における生化学のアンバランス
ウオルシュ博士は現在までに行動障害児1万人、ADHD児5600人に対して150万件の化学分析を行いデータベース化しました。彼によると、行動障害の94%、ADHDの86%に生化学バランスを認め、両者の脳の生化学状態には相関性があるとしています。
間欠的爆発障害(IED,Intermittent Explosive Disorder)
些細なことから、感情が爆発し衝動制御ができなくなる行動障害です。普段温厚だが、突然切れて怒りが爆発してしまうこのタイプの子供では、90%以上に「銅/亜鉛比率」の上昇が認められています。
治療は亜鉛補充です。症状安定のために亜鉛は少しずつ増量し銅を徐々に体から排泄させます。2か月程度で効果があらわれます。
反抗挑戦性障害(ODD,Oppositional-Defiant Disorder)
小さな年齢から意志がとても強くて、権威を嫌う性格です。強迫性障害が見られることがあります。頑固で反抗的なこのタイプの子供の95%に「低メチル化」が認められます。銅は低値~正常値です。低メチル化状態ではセロトニン、ドーパミンの活性、そしてNMDA受容体の活性も低下します。
一般的な治療としてリタリンなどドーパミン上昇を促す薬剤が使われますが、SAMe、メチオニンなどのサプリメントも同様に有効です。SAMeよりもメチオニンの方が一般的に安価ですが、メチオニンを投与する場合にはマグネシウムが必要です。
低メチル状態に共通のことですが、イノシトールが穏やかな性格になるのを助けてくれます。改善まで3か月前後はかかるでしょう。
行為障害(CD,Conduct Disorder)
嘘、窃盗、暴力、破壊など反社会的、攻撃的な行動をとるタイプの障害です。当然けんかも多いこの子供たちの生化学的な特徴は、「重度ピロール障害」+「低メチル化」の組み合わせです。
SAMe、メチオニンに加えて、亜鉛とビタミンB6が特効薬的な働きをします。うまく行けば治療1か月目で反応が見られますが、コンプライアンス(サプリメントを継続できるか)がしばしば課題となります。
反社会性パーソナル障害
15歳までに行為障害と診断された人の一部は18歳になると反社会性パーソナル障害と呼ばれるようになります。行為障害と同様に嘘、窃盗、暴力、破壊に対して良心の呵責がありません。
解剖学的に偏桃体が小さく共感力が弱いためです。また、相手を思いやったり、愛することもできません。反対自己愛は強い傾向があります。
生化学的には、「重度ピロール障害」+「低メチル化」+「重金属蓄積」がみられます。重要な点としては、これまでの報告では栄養療法は子供には劇的な効果があるが、大人やすでにアルコールや薬物中毒になっている10代の子供にはあまり効果が見られないことです。
できれば16歳までに治療を開始する事をお勧めします。
まとめ
ADHDには行動障害がよく合併するが、その理論的背景には脳の生化学状態のインバランスが大きく関わっていると考えられます。早期に生化学分析をして、それに見合った栄養素の補充を行う事で改善が期待できます。
但し、上記の行動障害別の生化学的な傾向は統計学的な解析に基づくもので、実際には人により大きく異なりますので、検査が不可欠です。また治療に用いる栄養素の量も人により異なり、生化学データをモニターしながら微調整を行う必要があります。
もちろん、生化学分析と治療内容を理解している専門医の指導はかかせません。